「旧加賀藩士高田家跡」と「金沢市足軽資料館」は武家屋敷観光で野村家の更に奥に位置する観光地です。多くの観光客が野村家を見学して引き返すので混雑することもなく見学できるかと思います。
旧加賀藩士高田家跡
高田家は比較的裕福なお宅であったのか、馬の世話をする場所があり、そこが見所です。この屋敷は野村家と違い完全に保存されておりません。邸宅の正面部分以外は残念ながら取り壊されてなくなっておりますが、馬を管理する部分や下人の小屋、正門の大きさから高田家の家の裕福さがうかがい知れるかと思います。総じて加賀藩は百万石もあるので俸禄が高い裕福な家臣も多いです。
門の大きさでどれほどの俸禄を貰っていたか分かるかと思います。敷地内では詳しい説明を書いた立札があり当時の武士の暮らしがわかります。長屋門も↓の様に分かりやすい解説の立札がありました。このサイズで500石。中クラスの藩士のお屋敷だったそうです。
観光していて一番驚いたのは仲間(ちゅうげん)という奉公人の生活で、草履取りなど今でいう執事の様な召使の様な仕事をしております。結構立札に詳しい生活が説明されているのですが「貧しいため結婚できず一生独身」とか読んでいて悲哀になる説明が多かったです。身分制度というものは下位の身分で生まれた人達にとってはどんな心境であったんでしょうね。
金沢市足軽資料館
私的には結構おススメの見学場所なのですが、ちょっと遠い場所に位置するために損な役回りをしております。遠いのはよく考えると当然なんですが、城から近ければ近いほど身分が高い武士になり身分が引くければ遠くなるわけです。金沢城は繁華街の方にありますから、足軽の家は町のはずれの方にあってアクセスが不便なわけです。
通常足軽というのは長屋の様な一軒家ではない家に住むらしいのですが、加賀藩は百万石の裕福な藩。そんなわけで、足軽ですら一軒家に住むと豪華な暮らしだったそうです。ただ、豪華と言ってもウサギ小屋の様な慎ましい家です。
また、出入り口には正面口と勝手口があって、正式な御用など公的なものでないとむやみに正面から入れない等、当時の武士の暮らしを感じさせるためになる話が書いてあります。
加賀藩百万石のおかげで足軽でも長屋ではなく庭付き一戸建てに住めた。これは異例のことなんですね。お家は清水家と高西家の二軒があって、両隣の家を拝見することができます。観光客向けの休憩用のトイレもあります。もちろん現代風のトイレです。
こちらは中が完全に復元されており、台所など当時の生活感が満載です。特筆すべきは金沢はこういった足軽屋敷や町屋が実際に江戸末期から昭和の初期になるまで古いながらも実際に生活に使われていたということです。(というか現在も使われています。生活しながら使っているので古いというよりおんぼろです。)
この足軽屋敷は金沢市が管理しているのか非常に綺麗に保存修復されており、お勧めのスポットです。ぜひ当時の庶民の暮らし(といっても武士ですが)を体験してみて下さい。
『写真提供:金沢市』